ハッピーホリデーズ@ノースハワイ_極寒千葉北でのドライスーツ、百聞は一見にしかず_昭和47年12月の出前ワンタンメンを上総一ノ宮『名糖食堂』にて食し、今は亡き母を思い涙する_(2525文字)
ノースハワイのクリスマス。
島最大のショッピングモール『ククイ・グローブ』では、
クリスマス合唱団が歌を歌いました。
ハワイなので、これにフラが加わります。
アニーのフラ。
カイラがビーチハウスで波を攻め、
トムクンズでノアがニコリンサーフ。
ずっとずっと笑顔でいてくださいね。
さて、千葉北。
盆地では、ご覧のように霜が降りている。
「こんな日に海に入っているのですか!」
よく驚かれるが、
最近はウエットスーツの性能がいいので、
ブーツ&グローブまであるので、
全くと言っていいほど寒くないのです。
さらに、
極寒用の、
驚くプロダクトサンプルがニコリン寨(さい)に届きました。
それは『ドライスーツ』。
着用している友人たちが、
「一度着るともう止められません」
と言っていたこのドライスーツ。
今日はそれを試してきました。
見た目はウエットスーツだが、
ブーツ、グローブが一体となっており、
首のサイズさえだいたい合えば、
大きめで大丈夫とのことで、
オーニシからアパッチまで、
スタッフ全員が試着できるこのLサイズがやってきました。
洋服の上から着られるということで、
ジーンズから携帯電話と、
小銭をポケットから出してベルトを外し、
ジーンズを靴下にしまいこみ、
足部を履いてみた。
思い出すのが、
釣りをしていたときに使っていた
「チェストハイウエーダー」
という胸まである長靴。
あれを着ていると、
冬でも暖かく、胸まで水の中に立てたので、
それは重宝したのです。
ジャケットを脱ぎ、
そのまま上半身を着ていく。
洋服の上から着られるのは、
当たり前だが、
脱がなくていいのでそれは暖かい。
首も入れると、
背中のドライジッパーのみが残るので、
これをジーっと密封すれば完成。
手も温か〜。
この光進丸(CJ10’0″)にワックスを塗って、
いざいざと、
ほぼ無人の一ノ宮端のブレイクに向かいます。
ここで大事なのが、
「空気抜き」といわれる動作で、
入水しながら沖に向かって歩いていき、
ドライスーツ内にたまった空気を首から抜きます。
これでダックダイブもワイプアウトも大丈夫です。
これをやらないと、
浮き袋みたいになってしまうことがあるそうで、
必ず空気は抜いてくださいね。
ここはテトラポッドや堤防が入り組んでいるからいつも遠浅。
そして横波ウエッジや、
サイドウエイブが集まるピーク波となるオモシロブレイクなのです。
ただ、波が薄いというか、
パワーが全くないので大きなボードがあると楽しいのです。
後は、
こんな光進丸のような浮力のあるボードは、
浮き上がっているので寒くないのです。
はい、こんな感じで光進丸をゆったりと、
無人のブレイクで滑らせました。
ひさしぶりに世間から離れられました。
陸から離れ、
携帯電話もなく、
大海原に浮いて沖を見ているのは世捨て人みたいで、
サーファーの持つひとつのヨロコビを感じていた。
波に乗っているあいだ、
はたまた海に落ちても顔と頭しか水には濡れず、
冷たかっただけで、
全く寒くなかった。
ドライスーツはすごい!
誰もいないので、
10フィートのボードで全力パドルし、
波に乗りまくった。
ダッシュの連続のようです。
サーフサプリを飲んでおけばよかった。
予定数終了して岸に上がり、
ドライスーツを脱ぐと、
体は汗でびっしょり。
波乗りって、こんなに汗をかくんですね。
というか、
この寒さの中で瞬時に汗をかけるスポーツってあまりありませんね。
やはり「ドライ」を謳うだけあって、
内側が濡れておらず、
ドライスーツは一瞬でプルプルンと脱げてしまった。
最後は靴を用意し、靴下のまま靴に着地し、
着替え完了!
そして体はぽっかぽかでした。
寒くてサーフしたくない方、
冷やしたくない方、
冬場のトレーニング&ダイエットにいかがでしょうか?
「ドライスーツ、百聞は一見にしかず」
というコピーでしめさせていただきます。
□
スタッフたち、
そしてお客さまの間でカルト的人気が高まる
『名糖食堂』。
4代目のご主人より、
「ここは一ノ宮で一番古いのです。明治時代に創業しました」
と伺いました。
先代からのお味は、昭和48年に極まり、
そのままのレシピを現在まで完全保存してある希有な食堂であります。
NAKISURFスタッフたちに船木がヒアリングして、
人気メニューをまとめますと、
1位がダントツで
『焼肉定食』でした!
これは船木を除く全員が注文するという超人気メニュー。
次点が『カキフライ定食』
そして『中華丼』
後は順不同で、
『ワンタン麺』
『カレー南蛮そば』
『鍋焼きうどん』
『魚天ぷら定食』
『玉子とじそば』
となりました。
昨今のグルメ路線とは一線を画する名糖食堂。
ここで食べた全員が口を揃えて言うのは、
「やめられないのです」
「お腹が減ると、名糖のお母さんの顔が思い浮かびます」
という。
船木も感じたが、名糖食堂の味は、
満腹感、タイムスリップ感、
そして多幸感などをもたらす一方、
強力な依存性があるようだ。
その依存性の強さから、
食堂の建物やメニューは古ぼけて作ってあり、
これは4代目のご主人が、
多くの人を寄せ付けないように無意識のうちに配慮している結果なのであろうか。
「食」も生きるために重要なことであり、
時にわれわれは食に熱中する。
昭和47年の12月の土曜日、
船木の母親が出前でとったワンタンメンの味がここに再現されていた。
39年後のいま、あの頃に戻った船木少年が出現した。
コタツの上でゲルショッカーを憎み、
仮面ライダーを応援しながら食べたように、
そのヨロコビをこめてお酢をかけたワンタンメンをすすると、
麺がのびていて、
それは出前で運んできたことまでをも再現しているのであった。
恐るべし名糖食堂。
ありがとう名糖のお父さん。
あなたは時代をさかのぼる料理人で、
とすると、
ホーチョーニンアジヘーの現在なのかもです。
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